縋 る 人 無 く て 七 草 粥 啜 る

すがるひと なくてななくさがゆ すする

むかしは見向きもしなかった七草がゆです。

今は、スーパーに七草セットで売られていて、野山を探し回ることもなく、手に入ります。

人生とはわからないもので、ふつうでいることのありがたみはつい忘れ、もっともっとと欲を出し、それに気づかないこともありました。

年を重ねたせいか、以前よりはいろいろなものが見えてきて、オタオタとあせったりうらやんだりすることが、なんてお粗末なことだと気づいてきたところでしょうか。

息災であること、それさえも約束されたことではないのですから。

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