土 踏 ま ず く っ き り と あ る 板 踏 み 絵

つちふまず くっきりとある いたふみえ

江戸幕府が行なった、キリシタンを捜す制度のひとつで、ことに信者の多い九州の各地では、

毎年陰暦の1月4日ごろから三月にかけて行われていたと聞きます。

信者でないことを明かす証左として、また背教させるため、聖母マリア像や十字架を刻んだ木版や、銅板などをはだしで踏ませ、踏まなかった者は厳罰処刑されそうです。

始まったのは1629年、幕末まで230年近くも続いたことになります。

今も残る絵板には、多くの足跡の汚れやくぼみがありありと見られ、当時の人々の、悲痛なこころの奥底を少しうかがうことができる気がするのです。

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