菱の実をご存知だろうか。
菱型の、深緑と茶色の間のような、決して鮮やかではない目立たない、とても美味しそうには見えない。
柳川駅で売っていたのは、茹でた実だったのだろう。
そのまま食べられた。
芋のような、栗のような、少し水っぽいあまりはっきりしない味だった。
幼い頃、よく食べたのだろう、父は菱の実を見ると、必ず買ってきた。
なんとかいう、たらいのようなものに乗って、堀で収穫するのだという。
なかなか操縦が難しく、慣れるまでにはかなり時間を要するらしい。
旧三潴郡では、住宅地化が進んで、急速に掘割は埋め立てられてしまった。
むかし、わたしの従兄弟たちは、首にひょうたんのペンダント様のものをしていた。
堀で溺れないようにとのおまじないというか、お守りのようだった。
親が農作業で忙しいため、ちょっと目を離したすきに水難に遭う子も多かったのかもしれない。
いたるところに、お地蔵さんが祀られていた。
いわれやワケを聞いたことはない。
子ども心にも、なにか哀しみのつまったもののような気がした。
今はもう、柳川は川下りとウナギ一色で、菱の実など思い出す人もいないのかもしれない。