もう24年も経つのかと思う。
火砕流という言葉を初めて聞いたのは、このときのニュースだったかと思う。
多くの人が、巻き込まれて亡くなった。
亡くなった方の家族はもとより、わたしは9時のNHKニュースに釘付けになった。
焼けた硫黄のような火砕流が、どくどくと山を流れ、樹々が燃え、家々が次々と呑み込まれる様が映し出されていた。
新興住宅地ではない。
父祖伝来の地なのだろう。
自分の家が、次第次第に焔に包まれるようすを見せられるのは、どんなに辛かろう。
新築に近い家もあったと聞く。
今日の夕方4時ごろ、サイレンを鳴らして黙祷するという。
まだつぼみの紫陽花を手向けたい。