まつかぜや かいすいよくと りょうようじょ
広い広い松原の向こうは海です。
海の家が立ち並ぶ広い砂浜、海水浴場、そしてずーっと行ったところ、フェンスでへだてられ、木造平屋建ての結核療養所がありました。
たぶん空気がいいから、そしてここならだれも文句を言わないからだったろうと想像します。
むかしの結核は外に出られるまでに長い月日を要し、退院後も「あと保護指導所」と呼ばれるところに収容され何ヶ月かを過ごさなければならなかったようです。
粕屋郡宇美町にあった県立の指導所は、その後「中国残留孤児定着促進センター」として数年使われたあとは、壊しはしてないけれど、空き家になり、入り口にネズミ一匹入れないよう防護をし、今もそのままです。
桜の隠れた名所で、枝を折る不届き者もいない今では、一層大きく育ち、満開時は桃源郷の美しさを保っていると想像します。