トンネルじゃなくて、隧道という言葉を遣いたいのです。
太宰府のお石茶屋のとなりのトンネルも、隧道と言っていいのか。
三段跳びで、通り抜けられるくらい短いけれど。
お石茶屋は、江崎イシさんという人が始めた茶店。
明治生まれの美しい人で、筑前三大美人のひとり。
品の良い顔立ちと気っ風の良さは、中央まで聞こえ、多くの人が店に立ち寄った。
昭和天皇の弟宮・高松宮殿下をはじめ、野口雨情、犬養毅、全国の電力会社を九つに統廃合した松永安左エ門、佐藤栄作も国鉄二日市駅駅長時代から、大臣になっても訪れたと言われる。
麻生太吉に至っては、イシさんが自宅から茶屋に通勤しやすいようにと、お石トンネルと言われるトンネルまでこさえたという。
これは、そのトンネルのこと。
お石さんは晩年は、茶屋の奥の自室の、四角い木の火鉢の前に、きちんと正座して座り、キセルで煙草をふかしていたという。
とても姿勢が良かったと。
観光客が、いっしょに写真を撮ってくれと懇願しても、いっさいお断り。
パートの従業員とも無駄口はたたかず、陰では「けち」 と言われていたとか。
髪は高く結い上げ、着物の着方も、その辺のおばさんとは違い、衿を抜くというのか、玄人っぽい着付けだった。
太宰府は雪が深く、店の前の雪かきをしていた、アルバイトの高校生に五百円を握らせるなど、見てないようで、よく見ていたとも聞く。
赤煉瓦の小さいトンネルは、気候にかかわらず、触ればひんやりしており、山肌の水が沁みるのか、いつも湿っぽい感じがする。