「 残 穢 」(ざんえ ) ( 2 )

残穢

嫁に行った娘は、一周忌が済んだ頃、離婚している。
家族に自殺者が出るなど、縁起でもない、許さない風潮があった。
しかも商売しているし、風評被害もあっただろう。

花嫁の父親は、金融機関に勤めていて、余裕のある家庭だったという。
娘は、高校卒業後、周囲の反対を押し切って、東京で独り暮らしを始めた。
事務員として働き出した。
それが、事件の年、家に戻ってきた。
母親は、「花嫁修行をさせる」と言っていたらしいが、娘が戻ってきた頃から、母親の様子が、おかしくなってきた。
娘が戻ってくる前後に、母親がばたばたしている時期があったと。
何か大変な揉め事が持ち上がったというふうだった。
どんな揉め事かは、何度水を向けても言わなかった。
母親の様子は変わった。
近所のお通夜に、夕食後一緒に出たことがある。
おしゃべりをしながら、家を出たところで、母親がふいに足を止めた。
「あなた、聞こえなかった?」
「聞こえなかったらいいのよ」
するとしばらくしてまた足を止めた。
周囲を見廻し、身構えた様子で、付近の塀や生垣の間を覗き込んだ。
「今のも聞こえなかったの?」
「赤ん坊の泣き声よ」
「夕べもよ。ずっと泣き通しで、寝られなかった。
わざと、泣かせてるのよ」
「近所の嫌がらせなのよ。わざと、夜通し泣かせてる」

近所に、赤ん坊のいる家はない。

「いないはずなのよ、赤ん坊なんて。なのに声がするなんて可怪しいでしょう。ずっと隠してるのよ」
「何処からか、子どもを借りてきて隠してるの。そしてわざわざ泣かすのよ。
泣き声を聞いて私がオロオロしているのを見て笑ってるんだわ」

本来、母親はいかにも裕福な奥様然とした女性だった。
声を荒らげることもなく、俗っぽい言葉遣いや、下卑た振る舞いをすることもない。

「それも一軒や二軒じゃないのよ。
さっき裏の家で泣いてたと思うとじきに隣で泣き始めるの。
近所ぐるみでやってるのよ」

娘に恋人がいたという噂は本当だったんじゃないか。
地元にも、男友達は多かったし、よく言えば魅力的だが、危なっかしい感じのする娘だった。
東京で、いい人ができて、お腹が大きくなっちゃったんじゃないですかね。
流産したか、堕ろしたか。
それで家に帰ってきたのじゃないかという気がするんです。
だからお母さん、あんなに赤ん坊が、赤ん坊がって、怯えてたんじゃないかと。
この辺では、結納が終わると、床の間に贈られた品々を飾り、来客にお披露目したものだった。
お祝いを渡しに行って、座敷に通された。
母親がお茶を運んできた。
品よく微笑み、礼を言いながらお茶を出す手が、唐突に止まった。
お茶碗が倒れて茶托からお茶が溢れて、雫になって、ぽたぽたと畳の上にこぼれたのです。
そしたらお母さん、両手で掻き集めて掬おうとしたのです。
そのときです。
ーーーーーおあああーーー

確かに赤ん坊の声が聞こえた。それも座敷のすぐ間近だった。
まるで床下から聞こえでもしているように。

母も娘も、耳を押さえるようにして頭を抱え込んだ。
真っ青だった。

この本は、ここまででおおよそ半分である。

言いたいことは、
説明のつかない、理屈に合わない怖いことがあって、それは人を通じ、土地や建物、物を通してまで伝播するということ。
大きな家を解くということで、柱は無理にしても、芸術品と呼べるレベルの欄間を頂こうと、欄間と一緒に因縁や怨念まで引き受けてしまった、気の毒な人もいるとか。

映画化がが決定しているという。
待ちどおしい。