白 蓮 の 部 屋 急 階 段 や 白 き 月

びゃくれんの へやきゅうかいだんや しろきつき

柳原白蓮。
歌人。
大正天皇の従姉妹。
大正三美人のひとり。
父は伯爵、その妾の子として生まれ、正妻に養育される。
最初の結婚で子をなすが、取り上げられ離婚。

九州飯塚の炭坑王、伊藤伝右衛門、50歳。
炭鉱労働者からの叩き上げ、学問はなく、妻を亡くした直後。

年齢差、身分、教養ともあまりに不釣り合いで、当時「華族の令嬢が売り物に出た」などと話題になったとのこと。
異例の結婚には、多額の結納金が支払われたらしい。

嘉穂郡の伊藤邸に入るが、いないはずの子がメカケとの間におり、大家族のうえに多くの使用人がいた。
まして女中頭は伝右衛門のメカケであった。

遊郭遊びの多い伝右衛門から性病をうつされたたことは大きな屈辱となる。

現在の飯塚市に残る伝右衛門邸には、白蓮の部屋と称される8畳ほどの部屋が2階にあり、其処に上る階段が急で、とても狭いことが印象に残っています。

ほんとうの豪邸は、玄関、廊下、階段、厨房、浴室など、一見狭くてもかまわないと思われるところに、広い面積をとっているものです。

伝右衛門邸は、広さこそあれ、天井は低く、細かく壁で仕切られた和室がえんえんと並んでおり、田舎の成金の豪邸といった印象です。
庭だけは立派。

白蓮は、吐き気がするほどのおぞましさに震えたのではと想像します。

のちの白蓮事件につながったと言われています。

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