浦 上 の 目 の 無 き マ リ ア 原 爆 忌

うらかみの めのなきまりあ げんばくき

祈り続けるマリア像の、二つの目が抜け落ちています。

キリシタンの信仰で、長い年月苦しみ続け、多くの血を流したナガサキに、どうしてまた原子爆弾の災禍。

すり鉢のような街に原爆は、落とした人間には大きな効果で、大きな成果で応えたことだろうと思います。

あの朝まで、ふつうの日常が、言葉があったはず。

命は落とさなかったものの、顔色が悪く、だるいと訴える人たちがその後何年にもわたって死んでいったと。

春菊が、オバケのように大きく育ったと。

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