本 題 に 入 れ ず 行 き 来 の 冬 の 波

わたしには、小学校にあがる前からの友だちがひとりいる。
幼稚園は別々であったにもかかわらず、家が近いせいかよく一緒に遊んだ。
小学校、中学と同じ学校に進み、幾度か同じクラスで過ごした。
彼女は、色彩感覚豊かで、とても絵がうまかった。
教室に、一度に四枚も彼女の絵が貼り出されたこともあった。
参観日には「ここも、ここも、ここにも」とわたしは彼女の母親を案内した。
わたしは絵を描くのが大の苦手で、羨ましいとは思わなかった。
友だちとして誇らしかった。
高校からは別の道に進んだ。
特技を活かして、彼女は服飾関係の学校へ進学した。
学園祭には呼んでくれた。
ファッションショーがあり、当時のわたしには目眩く華やかな世界だった。
そこで彼女は、わたしのためにバザーの券を買ってくれていた。
メニューは忘れたけれど、カレーとか炊き込みごはんのおにぎりとか、デザートの券もあった。色画用紙に手書きでメニューと値段が書いてあった。
二人とも似たような、貧しい家庭の子どもだった。
お小遣いのほとんどをつかって買ってくれたであろうバザー券を見て、わたしは嬌声をあげて喜んだ。
心の内では、優しさに感動し、涙を流した。

それから幾年もの歳月を経て、今も友人である。
彼女の両親は創価学会の熱心な会員で、子どもたちも当然学会員になった。
学会には聖教新聞がある。
ノルマと言っては失礼かと思うが、取ってほしいと懇願され、ムリのないところで、年に一ヶ月わたしの誕生月の11月に取ることにした。
なんだ、それだけか、友だち甲斐のないヤツだと思われるかもしれないが、選挙前の総決起集会のようなものや、いろいろな人を招いての講話の会のようなものも、動員がかかるようで、時間の許す限り協力した。
ただ傾倒はしていない。
入る気はない。
サクラとして、ただ数を増やすために行くだけ。
聖教新聞は年に一回だけと約束したのに、「今月も」と頼みに来ることが何度かある。
読まない新聞は、新聞紙でしかない。
約束したのに、ここを崩せば際限なく崩れることは目に見えている。
どうでもいい話をし、言いにくそうに切り出すのを見て、かわいそうだと思わないわけではないけれど、こういうときわたしは、岩石になる。
鬼になる。

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