月 凍 る 玄 界 灘 の 濤 の 果 て

つきこおる げんかいなだの なみのはて

糸島半島の果て。

福岡の西の方は開発が進み、志摩町の方では、ゴルフ場、おしゃれなカフェやら魚料理の店、牡蠣小屋、街中でも高級と言えるようなパンや、ピザの店などが随所にあり、さらに陶芸家や、絵描き、イラストレーターなど、ちょっとしたインテリが別荘を構えてもいるようです。

むかしは、なんにもなかった。

田んぼではなく、ただ一面の畑でした。

もちろん道は舗装などしてなくて、バスが凹みを通過するときは、アタマが天井に着くくらい大きくバウンドしたものです。

対岸の野北漁港への福岡市からの直行便は、桜井神社が終点で、本数が極端に少なく、大抵は前原で乗り換え、片道2時間半もかかったものです。

バスセンターで時間をつぶすのですが、あのころ大事件だったよしのぶちゃん事件の捜査ポスターが、こんな田舎の、地の果てにも貼ってあったのを子ども心に記憶しています。

濤はいつも荒く、いつ見ても群青色で常に白浪が立っていました。

海の見える崖の中腹には、朝鮮半島からの密入国を見つけるための番所が作られていました。

サクラガイや浜千鳥とはまったく縁のない、荒涼とした風景で、たぶんこれが、素の玄界灘であろうかと思います。

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