原 爆 忌 そ の 寸 前 の 普 通 の 日

げんばくき そのすんぜんの ふつうのひ

ヒロシマ、そして長崎。
8月6日、9日のその瞬間まで、戦時中とはいえ日常の生活が営まれていたはず。
弁当を持たせ、行ってきますと言い、学校や徴用された工場へ当たり前に出かけ、当たり前に送り出し。
いたずらか、運命か、多くの人が亡くなるなか、いのちを得た人もいた。
なにがちがうのか、神や仏はいるのか。
よくわからないけれど、あやしい。

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