わが身には 栗飯食うた 記憶なし

栗ご飯、秋の食卓、栗を剥くのはとても手間がかかって、大変
食べる家族の喜ぶ様子を思いうかべながら、支度をするのでしょう。
そんな手間のかかる、食卓を囲んだ記憶がありません。
まずくて吐きそうになりながら、目に涙を浮かべながら、むりやり詰め込んだ記憶ばかりです。

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