梅雨を聞く 泥のごとくに 疲れいて

待望の梅雨入りだというのに、からだはずぶずぶに疲れて、起きることさえつらい。布団のうえで、指を動かしてみる。寝返りをうってみる。からだが元気なら、あいつが言った事、情けなかったこと、悔しいことなど、頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えするのに、ありがたいことに、なにも考えられない。人間は動物だから、自分のからだが持ちこたえられないようでは、ほかの心配まで、たどり着くことができない。頭が麻痺して、いつもの、くせのようにまでなっている、心配ごとも今日はしばし休み。

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