梅雨を聞く 泥のごとくに 疲れいて

待望の梅雨入りだというのに、からだはずぶずぶに疲れて、起きることさえつらい。布団のうえで、指を動かしてみる。寝返りをうってみる。からだが元気なら、あいつが言った事、情けなかったこと、悔しいことなど、頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えするのに、ありがたいことに、なにも考えられない。人間は動物だから、自分のからだが持ちこたえられないようでは、ほかの心配まで、たどり着くことができない。頭が麻痺して、いつもの、くせのようにまでなっている、心配ごとも今日はしばし休み。

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形 代 ( かたしろ ) と 言 い 含 め ら れ 流 し 雛... 雛人形いうのは、女の子の禍を形代に移し、それを流すことが本来の目的であったという。 そのむかし、流れに浮かべた雛が川波に身をゆだねて流れ行き、堰を落ちる一瞬前に立ち上がり、そのまま流れ落ちて行く、まるで雛の意志ででもあるようにと詠んだ、鈴木花蓑の句もある。 「流し雛堰落つるとき立ちにけり」 形代が、...
都府楼(とふろう)の 礎石(そせき)に御用か かたつむり... 大宰府政庁跡の、大きな礎石に、かたつむり。 周囲の草原に潜んでいるのが、雨に喜んで出てきたのか。

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