手繰るよに 赤のまんまの 切なさを

秋の初めのころ、赤まんまとよばれる犬蓼(いぬたで)の花をみると、つらかった幼い日のことを思い出してどうしようもない。小さかった私の思いなど、両親は知らない。今にいたるまで。4さいのこどもの、胸の奥の涙のつぼは、大人とすこしも変わらないのに。

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