廃 園 の 観 覧 車 冬 日 惜 し ま ず

はいえんの かんらんしゃ ふゆびおしまず

遊園地は、みんなの、特に子どもの夢の場所です。
明るい声で溢れたであろう日々がかげろうのように重なります。
あちこちに大きなテーマパークが出来、昔ながらの遊園地は、どこも苦戦しているように聞きます。
その立ち姿が華やかで可愛らしく活き活きとした歓声が上がったものであればあるほど、荒んで姿は心が傷むものです。
売却先が決まらないことには、分解も片付けも出来ないのでしょう。
冬の陽射しは、暖かいまま、それらのものを照らします。
惜しげなく。

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