追悼 伊藤通明 先生

伊藤通明先生 ・ 自句自註
「 曼 珠 沙 華 ほ う ほ う と 野 の 煙 出 し 」

先月亡くなった伊藤通明先生の昭和34年の作品。
わたしは縁がなく、お目にかかることがないまま、亡くなった。
気になった「野の煙出し」とは、現在の国立福岡東病院。
そのむかし結核療養所 清光園の火葬場の煙突から煙が出ている様子を読んだものとか。
療養所に火葬場を併設するほど、患者が亡くなったのか、それとも結核という病が世間に疎まれてのことか。
長い時間が経ち、もはや確かめる術もない。
多くの著名人がこの病を得て亡くなった。
高杉晋作、正岡子規、堀辰雄、ヴィヴィアンリー、滝廉太郎、石川啄木、竹久夢二‥
空気感染し、感染力も強かったと聞く。
国民病または亡国病とよばれていたとか。
現在に至るも、患者がいなくなったわけではない。
ただ治る病にはなりつつあると言えるらしい。
罹患すれば、法律で隔離病棟に入ること義務付けられている。
わたしの祖父にあたる人も、この病で、30代半ばで死んでいる。
さぞや無念だったろう。
そして祖母は、子どもを育てるため、馬車馬のごとく働いたと、後になって弔辞で聞いた。
精いっぱい努力しただろうその人生は、傍目にも幸せとは言えないものだった。

この句も読まれています。

水汲んで なおなお更に 飲みおりて... 山の清水を汲みに行く。ちょろちょろと冷たい湧き水が出ているところは人気スポット。容器に いっぱいになったら代わればいいのに、まだまだ飲んでいる。人間は欲深いものだ。...
餌 と 決 む る 眼 左 右 に 木 葉 木 菟... えときむる まなこさゆうに このはずく 迫力があります。 夜行性です。 木の枝だけでなく、人通りのない、使われない錆びた門扉の上に、目を瞑って動かずにいるのを夕方遅くに見たことがあります。 眼は瞑っているように、遠目には見えたのですが、よく見ると薄眼を開けて様子を伺っていうようなのです。 首を動か...
空 襲 を 昨 日 の こ と の ご と く 聞 く... 1945年6月20日 福岡大空襲。 夜の突然の、絨毯爆撃だったという。 オヤジが5歳の自分の手を掴み、片腕には蚊帳を持ち、一晩中逃げ回ったと。 翌朝、家に戻ってみると、丸焼けで、台所の煉瓦だけが面影を残しており、母親は動けない状態だったと。 それから、長い間大変な苦労をしたと。 それでも、家族を亡く...
赤 ま ん ま 捨 て る わ け に は い か ぬ も の... 110 / misawakatsutoshi わたしには、捨てるわけには いかない想い出がある。人に 話せば、色褪せる。実につま らない郷愁である。わたしは 頼る人のいない、拠り所のな い不安定な幼少期を過ごした せいか、つまらない想い出の 風景は、親にも替わる意味を 持つような気がしてならない。 ...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください