「 空 飛 ぶ タ イ ヤ 」 【 1 】 池井戸 潤 作 実業之日本社文庫

零細に毛が生えた程度の中小企業、赤松運送(仮名)

赤松運送のトレーラーが、33才の主婦を轢いた。
正確にいうと、トレーラーから外れたタイヤが歩道を歩いている主婦を直撃した。
即死。
トレーラーは、大手自動車会社三菱が製造している大型トレーラーである。
タイヤが飛んだ。
疑われたのは、整備不良。
過積載はない。
スピード40キロ。
整備担当は3年前に入社した、23才の若者だった。
髪はメッシュに染め、ピアスをしていた。
注意しても聞かない。
やっぱりこいつの整備に問題があったんじゃないか。
警察でなくとも、社長の赤松でさえ疑った。
クビにした。
後にこのピアスの整備日誌が見つかり、あまりの緻密さに、クビは解除になった。

事故車両は、現場検証の後ディーラーの三菱自動車が回収し、三菱自動車が鑑定することに決まる。
アタマから整備不良であった。
「点検項目にはチェックがついているが、やったのは今の若者でしょう?」
ハブ、車軸とブレーキドラムを接続している部品で、陸運局の監査はパスしている。
もしハブが悪いというなら、車検をした整備会社のほうではないか。
トレーラーに乗せられていたのは、1台3000万の工作機械3台。
保険をかけていたため、ほっとしたのもつかの間、最新鋭の機械のため、代替機が間に合わない、生産計画が狂う。
その分の補償をしろと。
さらに、新聞沙汰にまでなったことから、今後の取引は無いと。
小学生の子どもは、イジメにあった。「ヒトゴロシ」
銀行は融資を断ってきた。
犯罪企業に融資はできないと。
「過失がないのに、タイヤが外れますか?」

次の事故が起きた。
群馬県高崎市の路上で大型トラックが、道路脇のコンクリート壁に激突、運転手は両脚切断。
警察は、スピードの出し過ぎが原因と見た。
三菱自動車のトラックだった。
スピード違反ではあったが、大したスピードではなかったと聞いた。
たしかにタイヤは外れていたが、それが事故前に外れたか、事故後に外れたか。
結論は、整備不良。
三菱自動車の調査結果である。
現場は、片側二車線の直線道路が続いた後、ゆるやかに曲がり始めるあたり。
カーブといってもゆるやかな曲線で、仮にかなりのスピードを出して突っ込んだとしても曲がり切れるだろうと思われる。
60キロ。
急にバランスが崩れ横滑りしたという。
おそらくそのときタイヤが外れたと考えられる。
ブレーキといっても、このくらいのカーブでそれほどの急ブレーキになったとは考えにくい。
タイヤに負荷がかかったとしても、それほどの大きな負荷とは思われない。

赤松は、同様の事故を調べた。
車両の構造的欠陥・・・頭をよぎった。
三菱自動車に欠陥?
もともと戦車とか飛行機とか作っていた重工業から別れてできた会社である。
そんな会社の車からタイヤが外れる?
三菱自動車は赤松の会社に来ない。
実際の整備状況を見もせずに決めつけた。
三菱自動車の本社にもかけ合ったが、冷酷を通り越して傲慢であった。
調査結果を見せることも拒否された。
三菱という、時として官僚以上に官僚的といわれる社風の中では、社員の関心ごとはひたすら、外へではなく内へ向く。
事故の真相に興味のある人間はおらず、もっぱら社内の勢力図である。
財閥系とはいえ、三菱自の業績は、長く低迷していて、特にここ10年はヒット車は出ていない。
「おかしい。こんなはずでは」と小首を傾げているうちにズルズルと滑り落ちてきてしまった感がある。

3年前ー。
不具合が生じながら監督官庁への報告を怠り、さらに販売店を通じてヤミ改修をつづけていた。
その不正の事実が内部告発によって暴かれ、白日のもとにさらされた苦い経験があった。
それは、財閥系の名門自動車会社のブランドが地に堕ちた瞬間だった。
信用を築くのは時間がかかるが、失うのはあっという間。
このリコール隠しで起きた三菱自動車バッシングは顧客離れを引き起こし、販売不振に拍車をかけた。
それが今に至る業績低迷につながっているのは間違いない。

この時点で、リコールに傾いた社員は確かにいた。販売部に。
「リコール隠しが発覚したことでウチが被った損害を忘れたのか。
それに比べれば、リコールを届け出て無償修理に応じた方がよほど安くついたはずだ。」
抵抗したのは、品質保証部。

そもそも三菱自動車が抱える問題は根深い。
三菱重工という、日本を代表する重厚大企業の車両部門から独立したのはかれこれ30年も前のこと。
しかしながら三菱自動車はいまだ、親方企業の部門であったプライドと慢心が捨てきれない。
銀行に対する態度も傲慢で、自らが招いた経営不振に反省のかけらもない。
あるのは、支援して当然という不遜な態度。
「なにかあれば、銀行が金を出す」
リコール騒動で、消費者に向きかかった三菱自動車の方針もいつしかなし崩しにされ、いまではすっかり元の殿様商売に戻ってしまった。
社内には毛並みのいいプリンスがゴマンといた。

社員からの内部告発。

三菱自は、社内に倫理委員会を設けた。
リーダーは、温室栽培のぬるま湯体質の権化、危機感ゼロの役員である。

赤松は、事故を起こした部品の返還を求めた。
嫌がらせととる社員もいたが、赤松運送はタイヤ事故の再調査をすでに何度も求めてきていた。
部品返却にはそれなりの理由があるはずである。再調査だ。
品質保証部にやましいことがあるなら、返却などできないはずである。

品質保証部は強硬に返却を拒んだ。

赤松に部品返却を諦めさせる任務を負わされた販売部の人間は、自らも疑念を抱いた。
過去3年間にタイヤの脱落事故で調査が行われたのは、24件。
その全ては、品質保証部において、軽微とされ、リコールの必要はなしと結論づけられていた。
それがまかり通ったのは、三菱自の調査結果に対する社会的信頼、もうひとつは整備不良とされたユーザーにとって、それを覆すのは容易ではないという現実的な事情からであろう。

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