「 空 飛 ぶ タ イ ヤ 」 【 2 】

三菱自の社内にも、誠実に対応すべきと考える人間はいた。
社内の秘密会議の出席者を調べるため、不正アクセスを行うなどやれることはやってみているが、ガードが固く、思うようにはいかなかったらしい。

タイヤの構造
普通、タイヤが外れるというと、タイヤを止めるナット等が破損する。
そうすると、タイヤだけが外れて、ブレーキドラムは残る。
ところが、あの事故では、 ブレーキドラムごと落ちている。
落ちたというより、根元から折れた。
金属疲労ではない。
もともとの強度が弱ければ、折れてはいけないところで折れる。
他に、クラッチの欠陥。
強度不足で、クラッチについたプロペラシャフトが、強度不足で脱落する。
そのときブレーキホースを切断することがある。
クルマはブレーキが効かなくなる。

リコールはなし。
あとは、国交省と丁々発止でやり込め、丸め込んでお終い。
秘密会議では、そういうことが協議される。

週刊誌が嗅ぎつけた。
「運送会社の整備不良で片付けられていますが、当の運送会社は認めていない。他にも同様の事故があって、三菱のトラックやトレーラーで起きている」

次の秘密会議で決まったこと。
ハブの欠陥を公にし、リコールを申し出た場合、その欠陥が長期にわたって放置され、隠蔽されてきた事実が明らかになり、一般社会からのバッシングを受ける。
この事態を収束させる方法はただひとつ。
内部告発者を特定し、その者がリークした情報を否定すること。

内部告発者を探すことは、秘密会議を主催するひとりの常務取締役の最大命令となる。
内部告発だけでクビはきれない。
退職に追い込むよう、戦意喪失する部署にでも叩き込め。
退職理由は、あくまでも自己都合。

車両の構造的欠陥は、三菱自動車の社長と関係部門トップが代々申し送ってきた「最高機密」である。
3年前のリコール隠し、ヤミ改修問題が発覚したときも、その部分にまではあえて調査のメスをいれなかった。
ほんとは入れられなかった。
技術的な障壁があった。
部品の耐久試験について、三菱自動車には、近年まで確立されたノウハウさえなかった。
その当時製造した車両は、今も走行中であり、そのすべての車両について、部品交換をすることは、経済的に痛手が大きすぎた。

自分に逆らった者がどうなるか、ここは力の見せ所、このとき幹部のアタマにはそんなことしかなかった。

最初の事故、赤松運送が、 部品返却を求めて提訴を検討している旨、三菱自に通告してきた。
何度も訪問し、電話し、たらい回しにされ無視され続けた結果である。
このとき、三菱自動車は、赤松に対して1億円の補償金を提案してきた。
秘密保持を条件として。
赤松は、銀行からもそっぽを向かれ存亡の危機にあったにもかかわらず、1億円を断った。

週刊誌の取材は的確で確かなものだった。
3年間の三菱自動車製の車の事故のリスト、原因は全て整備不良、最後には死亡と。
系列の三菱銀行は、三菱自がリコールを認識していながら行っていないことを知っていながら、融資を続けている。
銀行は、法律に違反しているわけではないという。
倫理観、道徳観などというものはないのかと、記者に詰問されている。
証拠があるわけじゃないと答えている。

週刊誌のスクープはボツにされた。
手を回された。
しかし、記者の取材、調査により、三菱自動車の車による事故は、31件に増えていた。

事故を起こした会社も当事者も、事故を語りたがらない。
整備不良とされ、けが人への補償への保険が下り、行政の処分が済めば、もう過去のこと。
蒸し返す気にはなれない。
精神的負担があまりにも大きい。

丹念に当たっていくと、他のタイプの事故を知ることとなった。
走行中の大型トレーラーのプロペラシャフトが突然落下、1メートルほどの部品である。
赤松はこれまで三菱自動車の欠陥はハブにあると思っていたが、プロペラシャフトは全然別の部品であり、そこまで欠陥があるとなると、三菱自動車製のトラックは欠陥だらけということになる。

部品の返却の訴訟に対しては、三菱自は検査と称して細かく切り刻んだ。
裁判はのらりくらりの戦法だという。
会社の代理人たる弁護士は、長期化を狙う作戦で、零細の相手企業は持ちこたえられまいと読んでいる。

似たような事故は全国あちこちで起きていることがわかった。
リストから 漏れている事故もあった。
さらに新車購入から1ヶ月、走行距離わずか320キロというものもあった。
無論整備不良で片付けられている。
国交省への報告書には、新車であることを隠し、いかにも長年使われていたような書き方をしている。
すべては、赤松の執念で見つけた事実である。

この国交相への報告書を、赤松に見せられた警察は、今度は動いた。
警察は国交省に確認を取り、本物であることを確認した。

吹けば飛ぶような中小零細企業を、売り上げ2兆円の三菱自動車は、徹底的に馬鹿にした。舐めた。

他のメーカーと比べて、三菱自動車の事故数は突出している。
三菱自動車のユーザーだけが整備をサボったことになる。
赤松が調査していない事故にも警察は当然目を向けた。
ドライバーの発言「走行中に突然ハンドルがとられ、あっという間に横転した。カーブだったが、問題なく曲がれると思った。」
熟練運転手。
会社のそばに家がある。
結論は、整備不良。
幸いなことに、当時の事故車両がまだ敷地内に残っていた。
三菱自動車は、検査のために預かった車両と破損した 部品を、そのまま同社に返却していた。
もしこの運送会社が、赤松のように、疑問を投げかけるような動きをしていたら、対応は違っていたと思われる。
この事故に関する限り、三菱自動車の脇は甘い。
大きな手がかりが残された。

三菱自動車幹部は、国交省に提出した報告書で使用されたデータが必ずしも真正なものでないことを知っていた。
警察の周到な計画で、この時点で警察が動いていることを、三菱自動車も系列の銀行もまだ知らない。
科警研の鑑定が行われ、ハブという部品そのものが摩耗という言葉が当たらない、つまり消耗品ではない永久部品であるとの説明を受ける。
三菱自は、ハブの事故を全て整備不良としている。
ハブの摩耗料についても、事実とは異なる報告書が上げられている。

午前8時。
三菱自動車本社前にパトカーに先導された白色のバンが30台、横付けにされた。
証拠隠滅を回避するため、家宅捜索は秘密裏に準備された。
総勢140名。
正面玄関、建物横裏手の通用口は固めた。
ターゲットは、品質保証部、製造部、役員室フロア。
定例会議が水曜日の朝行われることは調査済み。
つまり今。
「こんなことをして、もし何も出なかったら、とんだ赤っ恥だよ、君。その覚悟は出来てるんだろうね。」
どこまでも高飛車である。
役員を会議室にとどめたまま、各役員室の捜索が始まった。
道路運送車両法違反。

家宅捜索の衝撃は小さくなかった。
三菱自動車の株価は、安値を更新。
テレビや新聞では、道路運送車両法違反さらに業務上過失致死傷で起訴されるという憶測まで垂れ流している。

今回の件での業績落ち込みに対する融資については、三菱銀行、三菱重工、三菱商事にも要請。
額は2000億円。
しかしながら4年前の不祥事以来、三菱自支援には、一抹の不安が付きまとっているのは事実である。

捜査は行き詰まっていた。
赤松運送の、問題のハブはすでに廃棄されていた。
証拠として押収したパソコン類が、きれい過ぎる。
相当前から周到に準備したことを意味する。
それに加え、幹部の傲慢さ、罪を認めぬ狡猾さ、ふてぶてしさには、震えるほどの怒りを覚える。
警察でさえも。
家宅捜査がーーー遅すぎた。

「三菱グループ、三菱自に、2000億円支援を検討」
「さすが三菱だ、消費者は見捨てても、グループは見捨てない、天下の三菱ここにあり」社内には、この類のササヤキが満ちた。

1台のパソコンが捜査本部に持ち込まれた。
内部告発を疑われ、ろくに調査もせずにとばされた社員のものだった。
「社内に隠蔽指示が出ていました」との言葉を添えて。

行き詰まり死にかけていた捜査本部が蘇る。
「逮捕状、手配!」

パソコンには、廃棄される前の検査データがあった。
交換の必要など全くないもので、他に異常もなかった。
品質保証部と研究所内のパソコンは、必要データのみバックアップを取り、一旦初期化。
紙ベース資料に関しては、全て廃棄。
赤松運送のハブについては裁断、廃棄のこと。

自動車不在の支援会議で、グループは支援の見送りを決めた。

三菱自動車経営陣逮捕。

逮捕のニュースは社内に激震をもたらし、まさに寝耳に水。
震源地さながらのパニック状態、指揮系統の崩壊で組織としての機能はマヒ。
4年前と同じ光景だった。

この作品は、現実の不合理を描いたものです。
神風が吹くわけでもなく、意外なところに解決の種が転がっているわけでもなく、画期的な技術があるわけでもない。
ひたすら誠実に、そして折れずに、やるべきことをやり続ける。
そういう人間に人はついてくる、人は動く。
そういうところに惹かれて、読後感も爽やかです。

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